“つばさ考” 4
≪ つばさのカメラワーク ≫
私が「つばさ」の演出でまず感動したのが、カメラワークです。
カメラワークというのは、演出者にとっては、意図するお芝居をどう役者に演じてもらうかということと同じくらいに作品のテイストを左右する重要なものだと思います。
私の好きな監督、小津さん、溝口さん、鈴木さん、相米さんなどは、カメラワークにこだわってスバラシイ作品の数々を創っています。
そういう作家になると、カメラワークがその人のアイデンティティとも言えるぐらい作品に特徴を持たせるものでもあります。
しかし日活ロマンポルノみたいに、いかにアップを多用するかに力点を入れる作品でも、カメラワークにこだわった前衛的な作品がたくさんありました。
我々観る側は、ストーリーに気を取られていると、つい映像のユニークさを見落とすことがありますが、映画は総合芸術ですからシナリオ、キャスティング、演技、映像、音響などすべてがうまく揃って、いい作品になると思います。
その中で監督が自分の特徴、あるいは訴えることを表現しやすいのが、映像だと思います。
アップなのか、引きなのか、俯瞰なのか、あるいは「夜ピク」のイントロのように手持ちカメラで多部ちゃんが歩いていくのを延々ワンロールで撮るのか、そこまでこだわらなくてもストーリーがわかればいいんじゃない、って言ったらお仕舞いですね。
基本、映画はドキュメンタリーを除いて、フィクションですし、ファンタジーですから、創るほうも観るほうも創作をどれだけ楽しむかという観点が大切ですね。
やはり印象的な映像は、我々観るものの脳裏にインプットされて、それが作品の心地よい印象としていつまでも残っていきます・・・ストーリーよりもそれが先に浮かんできたりします。
「セーラー服と機関銃」のクレーンを使った有名なイントロなんかはもうシビレちゃいます・・・他にもあげたらキリがありません。
時にはカメラ目線で映像を観てみるということも楽しいものです。
で、総じてテレビドラマでは、基本俳優のアップをある程度見せるというお約束があるのか、カメラワーク、映像にこったものは多くはないですね。
その点、大好きなクドカンの作品は思いっきり遊んでいて好きです・・・、特に「木更津キャッツアイ」なんかは最高です。
そして、「つばさ」が挑んだチャレンジも、朝ドラという視聴者層が比較的狭い保守的な性格のドラマに、総合芸術として、脚本のキバツさと、それを視覚的により面白く効果的に描くため、出来る限りの努力を払うという姿勢がカメラワークにも感じられました。
特に印象に残ったのは、
・新彼岸川の土手を使っての、クレーンカメラによる移動、俯瞰映像のシーンの数々
・周波数を探す場面でのアップから引きの映像や電車を入れたりするシーン
・お祭りが終わって、街でひとり寂しくたたずむところを俯瞰でとらえるシーン
・ぽてとの取材テストで、玉木家の面々にマイクを持って話しを聞くところを手持ちカメラで追っていくシーン
・お茶の間の長い芝居をワンシーンワンロールで、ゆっくりとカメラを移動しながら撮るシーンの数々
など、他にもイッパイあります。
それほど、「つばさ」は映像というものを、テレビ的ではなく、映画的な手法にこだわって丁寧に創ったことが伝わってくる作品です。
その取り組みの姿勢が、総合芸術の中の一側面ではあるものの、作品にパワーを与え、チャレンジ精神を感じさせてくれる重要な手段として成功していると思います。
私が「つばさ」の演出でまず感動したのが、カメラワークです。
カメラワークというのは、演出者にとっては、意図するお芝居をどう役者に演じてもらうかということと同じくらいに作品のテイストを左右する重要なものだと思います。
私の好きな監督、小津さん、溝口さん、鈴木さん、相米さんなどは、カメラワークにこだわってスバラシイ作品の数々を創っています。
そういう作家になると、カメラワークがその人のアイデンティティとも言えるぐらい作品に特徴を持たせるものでもあります。
しかし日活ロマンポルノみたいに、いかにアップを多用するかに力点を入れる作品でも、カメラワークにこだわった前衛的な作品がたくさんありました。
我々観る側は、ストーリーに気を取られていると、つい映像のユニークさを見落とすことがありますが、映画は総合芸術ですからシナリオ、キャスティング、演技、映像、音響などすべてがうまく揃って、いい作品になると思います。
その中で監督が自分の特徴、あるいは訴えることを表現しやすいのが、映像だと思います。
アップなのか、引きなのか、俯瞰なのか、あるいは「夜ピク」のイントロのように手持ちカメラで多部ちゃんが歩いていくのを延々ワンロールで撮るのか、そこまでこだわらなくてもストーリーがわかればいいんじゃない、って言ったらお仕舞いですね。
基本、映画はドキュメンタリーを除いて、フィクションですし、ファンタジーですから、創るほうも観るほうも創作をどれだけ楽しむかという観点が大切ですね。
やはり印象的な映像は、我々観るものの脳裏にインプットされて、それが作品の心地よい印象としていつまでも残っていきます・・・ストーリーよりもそれが先に浮かんできたりします。
「セーラー服と機関銃」のクレーンを使った有名なイントロなんかはもうシビレちゃいます・・・他にもあげたらキリがありません。
時にはカメラ目線で映像を観てみるということも楽しいものです。
で、総じてテレビドラマでは、基本俳優のアップをある程度見せるというお約束があるのか、カメラワーク、映像にこったものは多くはないですね。
その点、大好きなクドカンの作品は思いっきり遊んでいて好きです・・・、特に「木更津キャッツアイ」なんかは最高です。
そして、「つばさ」が挑んだチャレンジも、朝ドラという視聴者層が比較的狭い保守的な性格のドラマに、総合芸術として、脚本のキバツさと、それを視覚的により面白く効果的に描くため、出来る限りの努力を払うという姿勢がカメラワークにも感じられました。
特に印象に残ったのは、
・新彼岸川の土手を使っての、クレーンカメラによる移動、俯瞰映像のシーンの数々
・周波数を探す場面でのアップから引きの映像や電車を入れたりするシーン
・お祭りが終わって、街でひとり寂しくたたずむところを俯瞰でとらえるシーン
・ぽてとの取材テストで、玉木家の面々にマイクを持って話しを聞くところを手持ちカメラで追っていくシーン
・お茶の間の長い芝居をワンシーンワンロールで、ゆっくりとカメラを移動しながら撮るシーンの数々
など、他にもイッパイあります。
それほど、「つばさ」は映像というものを、テレビ的ではなく、映画的な手法にこだわって丁寧に創ったことが伝わってくる作品です。
その取り組みの姿勢が、総合芸術の中の一側面ではあるものの、作品にパワーを与え、チャレンジ精神を感じさせてくれる重要な手段として成功していると思います。





