“ 未華子ひとっとび ”

 2010-01-08
話しはすっ飛んで、あれから10年、池袋のダンススタジオでミュージカル『アニー』に出たいと思い、一生懸命ダンスの練習をしていた未華子は、結局『アニー』には出れなかったが、『セラミュ』に出た後、自分でも自覚していない女優としてのスゴイ才能があることがわかり、数々の映画やテレビドラマに出演し、昨年は『つばさ』で朝ドラのヒロインを好演した上に、なんとディケイドを“ひとっとび”して、今度は同じ池袋でも天下の東京芸術劇場で『農業少女』という劇の主演をやることになったのでした。


10年前は、人の心の声が聞こえてしまって、良きにつけ悪しきにつけ、シンドイ思いをしていたが、いつの頃からか、その声は聞こえなくなって、その分人の話すこと、相手のセリフをしっかり自分の心に受け止め、リアクトしようとする姿勢が女優という仕事に貴重なアドバンテージを与えていた。

帰国子女なのに福島弁でなまっていた希美子は、その後宝塚を目指すことになり、見事に合格して、いまや本場で学んだダンスを活かして若手の有望株として活躍をしている。


未華子が主役をやることになった『農業少女』とは、2009年の朝日賞を受賞したかの有名な劇作家、野田秀樹さんが10年前に作・演出・出演で上演されたあの深津絵里さんが演じた作品で、野田さんが芸術劇場の芸術監督就任記念プログラムの最後の出し物としてこれまた10年ぶりに再演されるというめぐり合わせの名誉な舞台になります。


まさに天才女優多部未華子ここに降臨するという歴史的なエポックとなることは間違いなく、あまたの若手女優を差し置いて、“ひとっとび”に次元を飛び越えるであろう記念すべき仕事になると思われます。

もちろん未華子にとっては、舞台というのははじめてのことですし、1ヵ月で36公演というハードな仕事の道を自ら選択したというのは、未華子のいままでの10年はもうすんだこと、ここからは次の10年に向って、いままで以上のシンドイ経験をあえてしたいという強い意志があるからです。


でも、自分がやってみたいと思っても選らんでもらえなくてはそういう体験をすることは不可能なわけで、かつて『アニー』で苦い想いをしている未華子としては、今回声をかけてもらえたというのは、いままでの実績を評価してもらったということはもちろんですが、松尾さんが言うまじめでスクエアーな感じからのいい意味での脱皮を図れるかもという期待もあり、すごく気持ちが高揚しているのでした。

いまの時代は、何かと言うと好感度、好感度と言われるのですが、未華子自身はそんなものにおもねるつもりないと常々思っているので、自分は自分、どれだけ大きな仕事をするようになろうが、「我、我が道を行く」という姿勢は譲れないと思っていました。


そんな1月のある日、いよいよ『農業少女』の稽古がはじまることになった。

若い頃から、来なれた池袋の駅に降り立った未華子は、その景色、空気が10年前とはまったく異なっていることに気づいた。

当時は幼かった自分も、いまでは年齢だけは大人の仲間入りしたけど、気分はまだまだティーンズのような感じがしていて、なんか不思議な思いがした。

10年前は、人ごみや喧騒がうっとおしくて、早足にいまはなくなってしまった三越の近くにあるダンススタジオに向ったものだが、いまは、その喧騒がむしろいとおしく、みんなが自分を歓迎してくれているかような気がした。

そして、3月にはみんなに自分の舞台を誇りをもって観てもらいたいと想う気持ちでイッパイであった。


急ぎ足ですれ違う人たちも、みんな私の舞台への期待と歓迎の気持ちを表してくれているような気がして、そんな街の空気に包み込まれたいという不思議な心地良さを感じるのだった。

そんな感じは、なにか懐かしくって、いつ以来だろうと思い起こしてみると、それははじめての主演映画『ルート225』の撮影に向う時に乗換えで新宿駅で感じた思いだった。


あれからすべてははじまったのかなあと未華子は思い返していた。
そしてあの頃から、人の心の声も聞こえなくなったような気がするのだった。


自分の意に反して髪を切らざるを得ず、半ばいやいやでやっていた『HINOKIO』は予想外の評価を得たけれども、自分としてはやらされたという気持ちが強く、あまり達成感というものは感じていなかった。

また男の子みたいな役をやらされるのだったら、今度こそは断ろうと心の中で決めていたあの頃のことを思い起こすといまでも胸がキュッと痛くなってくる。

そんな気持ちを前向きに変えてくれたのが、『ルート225』だったなあって思い起こし、なんか思わず熱いものがこみ上げてきた。


この10年間は、まったく自分では想像もしていなかった展開になって、ただただ周りに迷惑をかけないようにと夢中でやってきたという感じだけど、ハタチにもなったし、これからは自分でじっくり考えていろんなことに挑戦をしていきたいなって思っている。


だから、またあの気持ちがよみがえってきたということは、きっと今度も「なんか いいことありそう!!」ってうれしくなる未華子なのでした。



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”未華子ひとっとび” 3

 2009-03-14
通ってるダンス教室の発表会で、一番の評判だった未華子は、みんなが心の中で『未華ちゃんはきっとアニーに出れるようになるわね。あんなに上手で、目立つんだから』って思っているのが聞こえてすごくうれしかった。

それに刺激されて、未華子はますますレッスンに力が入るようになり、先生も自分が思っている通りの結果が出たので、すごくうれしくてアニーのためになるようなプログラムを組んで、未華子を特別に指導するようになった。

そんなある日、新しい生徒が教室に入ってきた。

名前を希美子と言い、親の仕事の関係で9歳の時からボストンへ行き、現地の日本人学校へ通いながら、ダンスは地元の有名なスクールで3年間学んだという経歴であった。

最初に先生から希美子を紹介された時は、なんかツンとして、未華子が「どうしてここへ習いに来たの」とか、「どこに住んでるの」とか聞いてもあまり相手になってくれず、未華子は『なんか付き合いづらいヤツだな』って思ったのでした。

一方で希美子は、『この子、すごいなれなれしいな』とか、『私は自分のペースでやりたいな・・・』って思ったのが、未華子には聞こえてしまったのでした。

未華子は、やっぱり『外国へ行ってた子は付き合いにくいな』って思い、この子とは距離をおいたほうがいいのかなって思ってしまった。

ところが後日、未華子はレッスンで希美子のダンスを見た時に、ビックリして思わず声をあげそうになった。

というのは、いま未華子が教わっているダンスと全然違ってて、リズムに乗って、すごくセクシーで、カッコいいダンスだったので、『うらやましいなあ あんなの教えてほしいなあ』って思ったのでした。

希美子のほうも未華子のダンスを見て、他の生徒と違い、『目の表情がするどくて、背中がピンとして、長い首筋が魅力的で、足の蹴りあげが力強くて、さすが発表会で評判になっただけあるわ』って思い、自分にはない惹かれるものを未華子に感じたのでした。
そしてその思いは未華子には全部聞こえていたのでした。

その翌日、未華子から希美子に声をかけて、帰りにマックでも行こうかということになった。

マックへ行って話しをしてみたら、希美子は相変わらず言葉少ななんだけど、未華子は彼女がなんかちょっとナマっているような感じがして気になった。

未華子も相手に気を許して話しをする時は、おじいちゃん、おばあちゃんのいる和歌山の関西なまりが無意識に出てしまうので、なんとなく親近感を感じた。

未華子が「希美子ちゃんってなんかちょっとナマってるよね」って聞いたら、『あれっ なしてわかっちゃうのかな アメリカであまり日本語を使わないようにしてたからかな』って希美子が思ったのが聞こえてしまったので、思わず「希美子ちゃんってどこの出身なの?」って聞いたら、心の声が『福島って言いたくないなあ・・・』って未華子は聞こえてしまった。

その瞬間、「フクシマ!!」って叫んでしまってから、未華子はしまったと思ったが、もう後の祭りで、希美子は「え~ なしてわかんだべ!!」って叫んで、他の客もビックリして一斉に未華子たちを見て、二人は真っ赤になってしまった。

「えっ あ あの~ なんか東北のほうかなって・・・ね(笑 私 お笑いが大好きなもんで あっちの方面のなまりを売りにしている人もいるんで(汗・・・・・」って、なんとかゴマかしたのでした。

希美子は、「んだ あたりだど わ~の出身は福島だ 田舎でなんもないとこ ばっさやぢっちばっかで若い人はどんどん減ってくし、冬は雪におおわれて、いいのは磐梯山ぐらいだんべ みんな出て行くのもしゃああんめ」ってふるさとのことを語りだしたのだった・・・・・。

希美子の「なじょして福島から離れよう」、「新しいダンスば習いたい」というような話しを聞いていて、未華子は『自分は恵まれているな~』って思った。

住んでいるところも、家族も学校も、こうしてダンスを習っていることも・・・、だからサボらないで、『アニー目指して、一生懸命やらないといけないな』って、あらためて思ったのでした。

未華子は希美子に「私はアニーに出たいと思ってダンスを始めたんだよ」って話しをしたら、希美子も「わだすもそういうのに出てみたいな」って答えて、心の中では『未華子ちゃんと一緒に出れたらいいな~』って思ったのが、未華子には聞こえたのでした・・・・・、 
                                                
                                              つ づ く


☆今月のお気に入り  ”PAUL WELLER”
  STYLE COUNCIL  “OUR FAVOURITE SHOP” 
  特ダネのオープニングテーマにも使われていた実にオシャレで軽快な曲



   “SHOUT TO THE TOP”
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「未華子ひとっとび」

 2009-02-07
未華子は、突然他人が心の中で思っていることが聞こえるようになってしまい、「アニー」に出たいと思って、ジャズダンスを習いに行きたいと親に話しをしてOKはもらったが、みんなの半信半疑な心の声が聞こえてしまった。

そういう周りの反応に対して、負けず嫌いの未華子は、『絶対にダンスがうまくなって、アニーに出てやるんだ!』と思っていた。

ダンス教室は、池袋三越の近くのビルの2階にあって、それまで学校と自宅を往復するだけの生活だった未華子にとっては、ひとりで教室に通うことにも、ちょっぴり成長したようなうれしさを感じていた。ただ、池袋の人の多さにはうんざりしていた。

それでも都会のまっただ中に無垢な美しい少女が解き放たれると、その想い、開放感は彼女を一層みずみずしく、活き活きとブラッシュアップしていくのであった。

未華子のダンスは、生来の運動神経とおもいっきりの良さでメキメキと上達し、先生は『この子は将来ダンスで身を立てれるんじゃないかしら』って思ったりした。

その思いを未華子は当然何度も心の声として聞いていたが、本人はいたって無頓着で、『私はアニーに出たいだけで、ず~としゃかりきになってダンスをやってく気はないわ』って思っていた。

6年生になって、もっと前からやっている同じ年の子と比べても未華子は遜色なくなっていて、ダンス教室の発表会が実施されることになり、先生は小学高学年のメインのダンサーを未華子にしようと思っていたが、ある日理事長に呼び出され、同じ6年生で未華子より一年前からレッスンを受けているA子をメインにするよう指示を受けた。

先生は、実力とここ一番の集中力からいったら未華子の方が優れているので、すこし逆らったが、これは命令ですと言われあきらめ、ある日未華子を呼んで、「未華ちゃん、今度の発表会のメインはA子さんがすることになったから気を悪くしないでね」と話したが、未華子は先生の心の声が『私はあなたにしたほうが見栄えがすると思っているんだけど残念だわ。私は悪いことをしてるのかしら』って聞こえたので、未華子も『私の方がずっと上手だって』みんなも思ってくれてるのに、『なんでなの!』って頭にきたのでした。

でも、そのことを母親に話したら、「あんたは目立ちたがりやで、人を押しのけてでも、自分が前にでようとするけど、そんなことはいつまでも通用することじゃないのよ。ちゃんと先生がそうおっしゃるなら、それを素直に受け止めて、ベストをつくせばいいのよ』って言われ、心の声は『ちょっと言い過ぎたかな、でももうそろそろ厳しく言わないと、わがままなままで大きくなっちゃうから、これくらいは言っといたほうがいいわね』って聞こえて、『なんかいままでのお母さんと違うけど、しょうがないのかな』って、それまでの我を通すばっかだったのが変化していったのであった。

そんなことがあってから、未華子にちょっぴり憂いの表情があらわれるようになっていった。

そして発表会の当日、大勢の家族や関係者が集まる中、小学高学年の発表会が行われた。メインのA子は、与えられた課題をそれなりにこなして大きな拍手を受けたが、見ていた人たちに強い印象を残したのは、サブの男役を演じた未華子であった。

未華子は男役って聞いた時に、「そんなのイヤだわ、なんで私が男役なんかやらなきゃいけないの」って、先生に文句を言ったが、先生が「この役はメインじゃないけど、未華ちゃんみたいに上手で、存在感のある子が踊ると、宝塚みたいに華やかでメリハリのきいた楽しいものになるから、私は是非未華ちゃんにやって欲しいの」って言われ、心の声が『やっぱり未華ちゃんは男役がイヤなんだなあ、でも未華ちゃんにやってもらわないとこのダンス劇がつまらないものになっちゃうから、なんとか納得してくれないかな』って聞こえたので、それ以上逆らうことはやめて、それからは一生懸命心を込めてその役の練習に打ち込んだ。

その結果、先生が言ってたように、発表会での未華子の評判は教室中、父兄中に広まり、絶対にあの子は「アニーに出るようになるわよ」って、言われるようになったのであった・・・・・。



☆今日のお気に入りの一枚
  DAVID BYRNE & BRIAN ENO  “EVERYTHING THAT HAPPENS”
  久しぶりのジョイントによる今の時代になげかける意欲作です。



  “STRANGE OVERTONES”
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新春スペシャル 「未華子ひとっとび」

 2009-01-01
ハッピー ニュー タベ イヤー!!!

いよいよ、多部さんや私たちサポーターにとっての “ビッグイヤー” となる2009年のスタートです!!
今年は昨年以上に熱い情熱をそそいで未華子ちゃんを応援していきたいと思っています。
その第1弾として、連載 “空想華楽ファンタジー” のはじまりです(笑


スタート!!

それは、今からさかのぼること8年前、東京都下の閑静な住宅街に両親と兄とともに住む、多部未華子は小学5年生で多感な少女時代をおくっていた。

女子の中では活発で、自分の考えをはっきり主張するタイプであったが、クラスメイトとは自然体でダラダラと楽しい毎日を過ごしていた。

未華子は、あまり一生懸命勉強をしているようには見えなかったのに成績は優秀で、将来は学校の先生とか文章で身を立てるような職業に就くといいのかなって担任は思っていたが、本人はいたってのほほんとしていて、20代後半に結婚して、両親みたいな家庭を築けたらいいなってくらいのことしか考えていない、ふつうの子だった。

ある日、クラスに新しく転校してきたサトルが寂しそうだったので、釣りに誘って海に行き、大きな魚がかかったけどうまく釣り上げることができず、海に落ちてしまった未華子は、サトルに助けられて突堤に上がった時に、いままで経験したことのないような激しい頭痛を感じた。

その翌日、学校でサトルと話しをしていて、ふと頭の中にサトルの『未華子ちゃん、カワイイからアイドルかなんかになるといいのに・・・』って声が聞こえたので、彼に「なにをあり得ないことを言ってるの、バカ!」って言ったら、「えっ、なに言ってるの、僕なにも言ってないよ」と言われてしまって、会話がかみ合わなくなってしまった。

よく考えたら、その時の会話は、「ジャングルジムってどうやって遊ぶんだったっけ」って話しだから、全然かみ合っていないわけで・・・、その時から、未華子は友達でも両親でも相手が心の中で思っていることが聞こえるようになってしまったのである。

その後も、友達と意見が食い違ったりすると、相手の心の声が聞こえてきて、その声に思わず反応してしまって、相手に不審がられることが続き、ちょっとノイローゼ気味になっていた。

そんなある日、母親が「アニー」の券を買ってきたから、今度の日曜日に見に行こうって張り切って言うので、あまり気乗りがしなかったのだが、一緒に行くことになった。

どうしてミュージカルを見に行くのかわからないまま「アニー」を見に行ったのであるが、未華子は見ているうちに、舞台で歌って踊っている子が同じくらいの年なのに、目標をもってガンバってるのがうらやましくなって、「自分でもできるかしら?」って考えるようになっていった。

終わった後に、母親に「あんなミュージカルに私も出てみたいな」って言ったら、あれは歌も踊りもちゃんとできないと無理だけど、「未華子はそういうことを習ってみる気はあるの?」って聞かれたんだけど、同時に心の声が、『この子はなんでもすぐに飽きるし、一時的に思っているだけだわ』って聞こえたので、「そんなことないよ!」って言い返したら、母親がビックリして、「私の考えていることがわかるの?」って言ったので、「ん~ん ただ なんとなく(汗)」ってゴマカしたのであった・・・。

未華子はその後、なんとなく兄に、「私、こないだアニー見てきて、すっごく楽しそうだったから、あんなのやってみたいなって思うんだけど、お兄ちゃんはどう思う?」って聞いたら、兄は「お前はいつも家でダラダラ、ゴロゴロしているから、そう思うんだったらやってみりゃいいんじゃない」って言ってくれたんだけど、心の中では、『アイドルにでもなろうと思ってるのかな、妹がアイドルってのも悪くないけど、未華がアイドルはあり得ないか!』って勝手なことをほざいているのであった。

友達にもバッティングセンターに行った時に、そのことを聞いたら、「わ~ カッコいい! 未華ちゃんならゼッタイできる やったら やったら!」って言ってくれたけど、『未華って、体かたそうだし、足上がったりするのかな?』って思っているのが聞こえてしまって、『余計なお世話だわ!』って、思わず言いそうになったのであった。

母親はあの日以降、なにも思わず、相変わらずの毎日が続いていたある日のこと、未華子が学校から帰ってくるなり真剣な顔で、「ちょっとお願いがあるんだけど、こないだ言ってた踊りを習いたいんで友達に聞いたら、池袋にいい教室があるっていうから、ちょっと見学してきてもいい?」って聞くから、『まだその気だったんだ、今回は本気かしら?』って思い、父親に相談することにした。

父親もすぐに棒を折るだろうと思って、かつて未華子がそんな真剣に頼みごとをすることはなかったので、「一度やらせてみてもいいんじゃない」って承諾をしたのだが、心の声は『1か月ぐらいで音をあげるんじゃないかな』って言っているのでした。

未華子は、関心のないことは人に勧められても全く興味を示さないし、自分のペースをくずさない子だったが、生来の負けず嫌いだから、周りの人の心の声が、『続くわけないわ、とかダメに決まってるわ!』って聞こえれば聞こえるほど、『なに言ってるんだ! ちゃんとやってやるから!』って思い、それまでの目標のないダラダラ生活がじょじょに変化していったのであった。

このことが、将来、多部未華子の人生を大きく変えることになるとは、その時は本人を含め誰も想像していなかったのであった・・・・・。

                                 つ づ く


☆今日のお気に入りの作品
  山田 洋次監督作品  “男はつらいよ 寅次郎 紅の花”
  昔はお正月といえば、寅さんでした。リリーも寂しそうです。


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