“阿次さん 茂巣さん” 3

 2009-03-21
未華が落陽亭にかける芝居の噺を頼まれている飛露は、早通歩と大きな地揺れに遭遇して、早通歩の言った「鯰の尻尾が暴れとる」という話しを聞いて、これを参考に「あをによし」の芝居を構築しようと思った。

話題性を高めるために未華から口すいの了承も取り付け、飛露は勢い込んで書きはじめた。

ただ、ひとつ気になったのが、早通歩が言った得濡得知形という小屋が綴喜芝居「羽」で未華を誘っているという話しであった。

それは当時の江戸では下北村とは別の勢力で、渋谷村に大きな小屋を擁して、庶民的な下北の芝居に比べて武家や商人を主な客として、手堅い出し物を長期に打つことで知られていた。

得濡得知形の芝居に出演する役者は、下北村で評判が良く、すでに江戸での人気が定まっている者が多かった。

だから動員は確実だが、役者の新鮮味はなく、芝居の内容は勧善懲悪の同じような噺が多いのでこのところ浮動客が減りつつあり、やり方を変えないといけないということが話題になっていた。

今回の話しは、そういった状況の中で役者も出し物も目新しいものを創ろうと、新進の実力のあるおなご役者を起用して、演目も未来の日本を予想するような斬新な内容で話題をとろうという目論みで、その主役に抜擢しようとしたのが未華であった。

この噂はすでに耶麻凛の瓦版屋に流れており、耶麻凛は早く裏をとって公にしようと躍起になっていた。


その頃、阿次さんと茂巣さんは未華を応援する瓦版の発行を間近にひかえ、いつものように湯裸妓亭で一杯やりながら楽揺に悩みを語っていた・・・・・、

「楽揺さん 未華が得濡得知形の渋谷村の小屋に出るんじゃないかって噂を聞いたんだけどどう思う」

「得濡得知形 そりゃないんじゃない 未華の雰囲気じゃないもんね」

「でも 後援者の瑠頭がずいぶん熱心に未華を説得しているって話しだぞ」

「そう言えば 飛露の噺が遅れているみたいだな そこにも問題があるのかなあ」

「うん 口すいの展開にこだわって噺をややこしくしすぎて悪戦苦闘しているみたいだなあ」

「そうすると 気分が乗った時に早く芝居がしたい未華がいらいらしてくる可能性はあるなあ」

「未華はそういうのをすぐ態度にあらわすからね」

「そうだな~ 未華は自分の思うように進めようとするところはいいとこなんだけど 少しは周りの意見も聞いたほうがいいんだけどな」

というような話しをして心配していた。


一方、未華はというと、瑠頭を呼び出して、

「こないだの渋谷村の話しは断ったのに まだ噂が飛び交っているみたいだけどどうなってるの」

「いや~ 得濡得知形には断わりを入れたんですけどね 後藤ってのがしつこくってね こんな茶夢素は滅多にないことだし、今回断ったら得濡得知形では二度と仕事がないかもしれないなんて言うもんでね なんかいい方法はないものかと思いまして・・・・・」

「そんなこと言ってるの 生意気ね~ 私の芝居がお武家さんにうけると思ってるのかしら・・・ あなたも知ってると思うけど 私の芝居は本当の芝居通のほうが好むみたいだからね」

「それは未華さん 私が保証しますよ 最近のお武家さんは姿形がきれいってだけでは満足しないんですよ それは当然のことでさらに芝居が上手で その本人に人情味があるのが評判を呼ぶんですわ」

「ほえ~ そうなの お偉方でもね それじゃ下北の庶民的なお客と変らないないじゃない・・・・・」

「そうなんですよ 時代は変わりましたからね それでもし未華さんが興味を持ってくれるのでしたら 後藤さんがちょっと変わった提案をしてくれたんですわ それは未華さんの芝居は午前中だけの興行にして その代わり半年間かけるということでどうかってことなんですよ そうすれば「あをによし」は夕方だけの興行で2か月の予定だから ちょっとしんどいけど 未華さんなら掛け持ちできるんじゃないかってね」

「え~ 1日に2本も!! 私をこき使うの!」

「未華さんならできると思いますし またいまの未華さんにしかできないだろうと思いますから そりゃあ 江戸中の大評判になることは間違いないですよ 前人未踏のすごいことです」

「評判なんかはどうでもいいけど 噺が面白そうだからちょっと興味はあるわね やれるかな~」

てなやりとりがあって、未華は「あをによし」は後回しにして、「羽」をやることにしたのでした。


そして 斬新な噺の噂と未華が若いのに渋谷村に呼ばれたのと、途中からは2本をこなすということが江戸中の話題となり、お武家だけでなく、一般の庶民までが前売りに殺到して、数か月先まで手に入らないというかつてない事態となっていた。

そしてそんな評判の綴喜芝居「羽」の幕が開くまであとわずかとなってきた・・・・・
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“阿次さん 茂巣さん”

 2009-02-09
下北村の落陽亭で 江戸の若手女役者の中で最も注目されている未華の新しい出し物「あをによし」が常打ちされることが評判になっていた・・・・・。

当時 江戸ではもともと火事が多いところへもってきて 富士山が原因とみられる地揺れの影響で火事が多発して庶民を不安におとしめていた。

そんな折 未華は新作「あをによし」のつめを 噺師の飛露を呼んで打合せをしていた。

「新ものは 江戸の人々の不安を和らげるような話にしてよ」

「それは難しいですね・・・ そういう芝居を打っても地揺れが収まらんかったら かえってえらい騒動になるやもしれんですよ」

「こんな時に ただ面白おかしいだけの芝居をするのは私は嫌だわ そんなのは本陀亭でやってりゃいいのよ!」

「それじゃ考えてみますけど 色恋もなしなんですか」

「色恋! あたしはまだ二十歳になったばかりよ なんでそんなのが必要なの!」

「いえいえ いままでは未華さんの目ぢからと気風のよさでお客はきましたが 二十歳ともなるとみんなは未華さんの別の面も期待しますからね・・・」

「え~ そんなもんなの いや~ね役者って もう辞めようかしら・・・」

「いえいえ そんなことをおしゃっちゃ~いけません せっかくみんなが首を長くして待ってるんですから」

「本当にあたしの芝居を待ってるのかしら 自分でも半信半疑なのよ なんかみんなは違うものを期待してるんじゃないかって・・・」

「こないだの紀伊国屋でわかったでしょう 間違いないですよ」

「そうかな~~」

「とにかく みんなが心を惑々させることがないと 未華さんの主旨も伝わらないし 興行も難しくなりますよ」

「そうかな~ じゃあさっきの主旨で書いてくれるんなら くちすいくらいまではやってもいいわ」

というやり取りがあり 飛露はそれなら書ける いいのが書けると喜んで帰っていったのでした。


一方 阿次さんと茂巣さんは 相変わらず湯裸嬉亭でたむろし 楽揺に未華がいかに魅力があるかを口から泡を飛ばして話しをしていた。

「こないだの紀伊国屋はね~ もうそれはすごいんで 未華の噺も二十歳とは思えない立派なもので
いまでは順風満帆に見えるけど 若い時は何度も辞めようと思うようなつらい思いをしたっていうのが泣けちゃってね~」

「そんな風に見えないね 上品な顔立ちといい目つきをしているからね」

「そうなんだよ やっぱり役者は目が命だからね 最近はみんな一見良さそうに見えるけど よく見ると目が活きてない役者ばかりだからね」

「こないだは 噺のあとに生まれ日のお祝いをやってね 楽悦誕生日をみんなで歌って 未華が泣いちゃってね 本当に純粋な娘だね こっちまでもらい泣きしちまったよ」

「ほえ~ そうなんだ そりゃ~良かったね ほいじゃ早く瓦版を出さなくちゃね」

「それが紀伊国屋が素晴らしかったんでみんなが競って出そうとしてるみたいで ちょっとまずいんだよね 特に結構年配のもいるみたいで なんか耶麻凛とかいうのがでっかいのを出すとかって いただね 年寄りの色狂いわ」

「そりゃ~ 年寄りに負けないようなやつを早く作らないと・・・」

てな 話しを延々としておりました。


一方 飛露は書斎で締め切りに間に合わせるべく 「あをによし」の執筆に取り掛かっていた。

すでに舞台は奈良で 三つの動物を登場させようというところまで出来ていたので あとはどうやって富士山の噴火や地揺れにつなげるかで悩んでいた。

そんな時 近所の仲良しの早通歩がやってきて・・・・・

「飛露さん 今日はいったい何をうんうんうなって書いてるんだね」

「いや 未華さんから特別な芝居の依頼があってね これが簡単な噺じゃないんで ちょっと困ってるんさ」

「ほう 未華さんから・・・  いいね~ さぞかし別嬪なんだろ~」

「いやぁ~ ほんとに何度会っても心の臓があぶってくるね~~って そういう問題じゃないんだよ 注文が難しいんだよ あの人は・・・ 若いのにしっかりしてるから」

と その時大きな地揺れが起こって ふたりは思わず抱き合って震えてしまった。

その揺れが収まっったところで 早通歩が

「今日のは 大きかったな~ きっと鯰の尻尾がだいぶはねたんだぜ」と言った。

「なに 鯰の尻尾・・・・・ そりゃ使えそうだな」

「そうかい 町じゃみんな儲け商売にはしって 遊ぶことばかり考えているから 鯰の罰が当たったんだって言ってるよ」

「なるほど じゃあその鯰を鎮めるって話しがいいかな」

と 構想が出来上がってきたのでした。



☆今日のお気に入りの一枚
  ADELE  “ 17 ”
  ちょっと前の作品ですが、今日クラミーの新人賞を獲ったので、紹介します。
  エイミーに続くブリティッシュレディーズソウルのデビューアルバム。



  “CHASING PAVEMENTS”


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“阿次さん 茂巣さん”

 2009-01-20
徳川の太平が半ばも過ぎ、第11代将軍家斉が松平定信を老中に任じ、学問を奨励し、文化・文政の盛んな時代となったその頃、江戸の庶民は、火事が多発するので長屋の借家住まいがふつうで、自分で商売をやったり、手仕事の技術を活かして注文をとったり、大きな問屋などへ派吾渡や派遣でいったりして、質素ながら和気あいあいで楽しい日々を送っていました。

平田町の裏長屋に住む阿次さんと茂巣さんは、名古屋からこっそり出稼ぎに来て、そのまま江戸に住みついた当時としてはまもなく中年の域にさしかかる幼なじみであった。

阿次さんも茂巣さんもまだひとりもので、阿次さんは痩身で頭は莉然斗、いかにも優しそうな風情の好青年で、それに対し、茂巣さんは芽太母で頭は素巾頭、一見こわもてであるが、実は愛嬌のあるみんなから好かれる人物であった。

ふたりは、便利店で場依徒のかたわら、「未華舞露俱」という瓦版をこっそり刷って、生活の足しにしようと目論んでいた。

未華というのは、当時江戸の大衆芸能の中で、庶民にもっとも人気のある町芝居で、最近とみに評判となってきた女役者で、目黒村の出身で、役者でありながら江戸おなご塾にも通っているという才女であった。

阿次さんと茂巣さんは、先日町を歩いていたら恰幅のいい旦那に今晩はなにか予定はあるかいと聞かれ、別になにもないと言ったら、自分が行きたかったのだが、急な用が入り、どうしても家族の理解が得られないので替わりに行ってくれないかと、新宿村の紀伊国屋で行われる未華の噺会の切符を2枚渡された。 

そういう体験ははじめてなので緊張しながら見にいったら、300人近い人が来ていて、その日は未華の二十歳の生まれ日ということで、噺だけでなく手握りまでしてもらい、あまりの未華のベッピンぶりと凛とした知的なたたずまいに興奮し、圧倒され、この娘は江戸中の評判をとるすごい役者になるだろうと考え、有名になる前に瓦版を出して一儲けしようという相談をし、その第1号の準備をしているところであった。

長屋の近くには、湯裸嬉亭という銭湯とあやしげな居酒屋を併設した集い場があり、そこの持ち主は楽揺といってめっぽう酒に強く、文才に長けた人物であった。

楽揺は非常にめんどう見がいい男で、自分に妻と4人の娘がいるにもかかわらず、離棲途裸され食べ物がないものには食べ物を分けてやり、銭湯にも金を取らずに入れてやることがよくあった。

そんな楽揺のもとには、さまざまな人間が出入りして、食い物や着る物などの話題で盛り上がっていたが、最近の話題はもっぱら新しい愛奴瑠のことが男衆の関心の的になっていた。

それが、阿次さん茂巣さんがのぼせてしまった未華であった。

未華はふつうに寺子屋に通う良家の娘であったが、原宿郷の若衆向けの屋台村をぶらり歩きしていた時に素稼有賭され、あまりに芝居勘がいいので、ときどき依頼があって、十五の頃から下北村の芝居小屋に出演するようになった。

当時下北村には多くの芝居小屋が集まっており、一番人気のある役者が出るのは本陀亭といって、座敷と土間、立ち見を含めて880人収容の立派な小屋であった。
その次が寿々鳴で、さらに最近若手の女役者を擁して人気が出てきたのが落陽亭であった。

未華はその落陽亭の看板役者の地位を不動のものにしつつあり、その美貌と知性で将来は本陀亭からも誘いがあるのではないかと噂をされていた。

未華が得意とする出し物は人情もので、「菫の花」や「檎椰」、「夜歩行」などは特に評判のいいものであった。

最近は喜劇にも挑戦するようになり、「山侘路」とか「康賢」も評判をよんでいた。

ただ、江戸では最近富士山の活動の影響とみられる地震が頻発しており、それが原因で火災が多発しており、庶民の生活を苦しめていた。

そんな折、新物の未華の出し物が落陽亭で常打ちされることになり、その題目は「あをによし」といい、なんでも地震を治める話しだという評判で、開演前から江戸中の大きな話題となっていた・・・・・。

                                      つ づ く


☆今日のお気に入りの一枚
  SAM  COOKE  “THE BEST OF”
  私が2番目に好きな男性ソウルシンガーです。



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