燦然と輝く歌姫多部ちゃん―『あやしい彼女』試写会

 2016-03-14
Deep Purplinです。3月11日の試写会に行ってきました。

笑いあり涙あり、そして何よりも「天性の歌声」の多部ちゃんのマジでハンパない歌が満載の爽快なエンタテイメント作品でした。

基本的に韓国版を踏襲しているので、韓国版を観たことがあれば話の展開は特に驚くことやハラハラすることもないですが、20歳の多部ちゃんが73歳の地を丸出しで喋るギャップが、この映画の可笑しみの重要な要素なので、十二分に楽しめます。普通の設定の作品では、こういう話し方はしないわけですから、とても新鮮でした。

何を話すのかがわかっている落語を繰り返し聴いても笑えるのは言い回しや声の調子によるところが大きいわけで、多部ちゃんのコメディ演技もそうしたセンスが飛び抜けていますから、何度観ても楽しめる作品になっていると思います。

ただ多部ちゃんの演技は全編、中身が73歳なので、ケレン味の演技ばかりと感じる方もいらっしゃるかもしれませんし、まんま踏襲したリメイクという作品性に引っかかる方もいらっしゃるかもしれません。

多部ちゃん教信者の私としては、教祖様がどの作品でも「楽しんでいただけたら」と言うのですから、楽しめる部分で目いっぱい楽しむというのがスタンスです。そうであるからこそ多部ちゃんの出番が多いほど必然的に満足度は高いわけで、基本的に多部ちゃん中心のこの映画は大大大満足でした。

懸念されていた歌の方は、まさに「天性の歌声」でした。私は多部ちゃんの役者としての声に完璧にノックアウトされていますから、もともと多部ちゃんの歌声も心地良く聴いていましたが、これまでの作品では、自信をもって歌い切っていないところがあり、曲に歌わされているように感じていました。

今回は、役のうえで「歌は聴く人の気持ちを震わせなければならないんだ」といった具合の台詞があるぐらいですから、本人の「さまよいながら歌っていましたけど...本編では堂々と歌っております」の言葉どおり、曲を完全に自分のものにして心震わせる歌を聴く者に届けています。

特に自分にとっては、歌がうまいとわかっている人ではなく、あの多部ちゃんがこれだけしっかりと歌えているということで余計に感動を呼んだように思います。

劇中で映画のテーマ曲も歌うのですが、「あれっ、この歌、多部ちゃんじゃなかったはずだけど...気づかずにいた?」と焦ってしまうほどの出来でした。

試写会の会場だった一ツ橋ホールはあまりスクリーンが大きくなく、前の席の人の頭も邪魔だったので、大きなスクリーンで観るのが今から楽しみです。






以下、ネタバレ的要素がありますので、ご注意ください。






中ほどの歌謡ショーの生放送のシーンの『悲しくてやりきれない』は本当に圧巻で、歌に合わせてセピア色で流れる回想シーンと多部ちゃんの心をつかむ歌がシンクロし、歌が進むにつれ、多部ちゃんの目に浮かんだ涙が、頬を伝わりだし、ついにはとめどなく涙を流し続けながら哀感たっぷりに歌いあげるという演出で、こちらもハンカチを取り出し涙ボロボロでした。ここで作品が終わってもおかしくないぐらいにもっていかれました。(隣のおじさんもボロボロ泣いてました。)

これだけの山場をつくってしまって、あとの流れも韓国版でだいたいわかっているので、尻すぼみに感じてしまうんじゃないかとちょっと危惧したのですが、後半もしっかり楽しめました。

このあたりは韓国版より登場人物を少なくしてシンプルにしたこと、特に韓国版では息子だったのを小林さんの娘に変えたことが効いていると思いました。

特に韓国版よりも多部ちゃんの歌うシーンの盛り上がりとサプライズで、エンドロールを終えたときのカタルシスと爽快感は完全に多部版に軍配が上がります。

それと多部ちゃんが出てくるまでは、よくありそうな展開の上に、ワクワクするような明るい話でないとはいえテンポが悪く、凡庸以下な感じを漂わせるのですが、恐らくこれは意図的なもので、多部ちゃんにスイッチしてからはテンポアップし、いっぺんに雰囲気が明るくなって世界が変わったかのようになり、そこからはジェットコースターです。

最初の方で多部ちゃんが役とは関係のないナレーション(韓国版の冒頭のナレーションにあたるもの)をするのですが、これが驚くほど硬くて棒読み調で、あれれれれっと思ったのですが、あとから考えてみると、そういう意図的な演出でもない限り、あんな読み方はしないだろうと思いました。

こうなったらもう多部ちゃんの歌の入ったサントラを是非出してほしいですね。

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見応えあり!『深夜食堂』

 2015-02-02
Deep Purplinです。
(ちょっと書き足しをしました。)

日付が変わってしまいましたが、今日のいちばん遅い時間に観てきました。
遅い時間だったのでガラガラでしたが、何とパンフレット売り切れですた。
しかも入荷時期未定とのこと。2日間でそれなりにお客さんは入っているのでしょうね。

テレビ版は30分(実質25分程度)なので、話のケリのつき方が軽すぎるように感じられて、
ドラマとしてはそれほどハマってはいなかったのですが、
映画版は120分ぐらいの長さがあるので、しっかりしたつくりになっていて見応えがありました。

多部ちゃんは素晴らしい演技の連続です。忍さんもコメントされているように
あの作品のオマージュ?みたいなシーンも満載で楽しめます。

原作のコミックは今週号を見たぐらいなのですが、あっさりしたつくりで、
原作ベースのテレビ版がそういうつくりなのも仕方ないのですが、
映画版はオリジナルのエピソードで、特に多部ちゃんが出る第2話は
みちるちゃんの心理描写のために彼女の日常だけを追うシーンがたっぷりあり、
スペシャルなゲストとしてフィーチャーされていて、
テレビ版とはまったく違うフォーマットに感じられました。
多部ちゃんという役者を起用した強みを生かし切っていると思います。
(第1話はテレビ版に似た感じで、第3話はテレビ版とフォーマットは似ているけれども
かなり重い話を時間をかけて描いてます。)

感覚的には、3つのエピソードの長さは30分、50分、40分ぐらいの配分で
多部ちゃんのエピソードがメインになっています。
3話均等割りだと物足りなく感じるだろうなということを
いちばん懸念していたのですが、杞憂に終わってくれました。

一度目は何も知らずに観たほうが新鮮だと思いますので
中身については特に書きません。とにかく素晴らしい演技の多部ちゃんの
あんなシーンやこんなシーンまで観られますw

想像をはたらかせてニオイも感じるようにするといいかなw

多部ちゃんに会いに何回か足を運びたくなる作品でした。

追伸:
60代のおかんさん、どうもありがとうございました。
お礼が遅れてすみません。

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『キレイ』千秋楽速報

 2014-12-31
Deep Purplinです。
千秋楽、熱狂のうちに無事終わりました。

大阪公演もありますが、私にとってはこれでこの歌、この台詞は最後という気持ちで聴いていると、
オープニングやラストではジワーッと熱いものがこみ上げてきました。

ラストの「私を犠牲にして行きなさい!」は、先日座った席(H列)で床から身体に振動が伝わって
文字通り打ち震えたのですが、今日の席(M列)では足先から頭のてっぺんに電撃のように
揺れのパルスが突き抜けていき、ゾクゾクする瞬間を味わいました。

カーテンコールで声がひっくり返るハプニングは(残念ながら?)ありませんでしたが、
3回目と4回目は次のように、多部ちゃんらしい肩すかしというか、実に可愛らしく楽しいものでした。

 〽三度も呼ばれて うふふー ふーう ふーんー

 〽うーふふふ ふーふふふー ふふふー ふーう ふーんー

最後のカーテンコール後、奥に引っ込んでから多部ちゃんが一人だけ残って、
奥ゆかしくぺこりぺこりとお辞儀をしていた姿が、とても清々しく愛くるしかったです。

以上、取り急ぎ速報ということで。
全体の感想は、明日、年賀状と残っている仕事を片付けてから書こうと思います。

追記:
tdoiさんから落陽さんをご紹介いただきました。例の暗がりのキスのシーンで、
挨拶をしたばかりの見覚えのある後姿の方が、多部ちゃんのハグのあるジャスト
その席に座っていて、何という幸運!と、長きにわたって応援を続けている方を
神様は見ていたのだなと思ったのですが...

小池君がいつもキスする前方の列が女性ばかりだったのか、多部ちゃんは
通路の反対側あたりの方にハグをし、件の方に小池君がキスをしてしまい
目が点になってしまいましたが、やっぱりそうだったのですね。心中お察しします。

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演劇って素晴らしい!―『わたしを離さないで』再び

 2014-05-03
Deep Purplinです。

昨日、今日(日付が変わったので正確には一昨日、昨日ですが)と『わたしを離さないで』をyamarineさんと観てきました。

この2回とも休憩時間が5分ずつ短縮され、所要時間は3時間45分でした。今後もこれでいくのではないでしょうか。

今日は本当にブラボー、演劇って素晴らしいと実感しました。3回目なのでストレートではないお話もいろいろとつながってきたこともありますが、活字の小説を読んだだけでは得られない生身の人間の演技の迫力によってもたらされる感動に打ち震えました。自分が感情移入できる役者の舞台を観ることの醍醐味を味わいました。

開幕から数日がたち緊張が解けたのか、今日は多部ちゃんにもセリフのミスがあり(第一幕で三浦君の「何を見てるの」に「地図」と言うべきところをそれまで会話をしていた相手である「鈴に」と答えてしまう珍プレーでしたが、三浦君も「ふーん、鈴」と受けてくれ、多部ちゃんも間をおいてから地図を指して「宝岬」と続けて難なきを得ましたが、引きずってしまったのか第二幕でもセリフのフライング)、私も慣れてきたのか第一幕、第二幕でちょっとウトウトしかけるシーンもあったのですが、最後に大逆転でした。

以下、ネタバレではありませんが、どこに泣かせるシーンがあるとかいったことも書いてありますので、知りたくない方はパスしてください。



今日はラスト前の泣かせるクライマックスシーン、そのあとに時間を巻き戻しての一瞬の幸せな時間のラストシーン、そしてカーテンコールとずっと涙ポロポロでした。

ラスト前のクライマックスシーンでは多部ちゃんが立ち尽くして涙するのですが、初日の左サイドの席からは背中しか見えず、そのことがわかりませんでした。左サイドの席はこの点が難で、脳内補完が必要です。

昨日はそれを真横から目にし、今日はそれをより正面かみら見ているうちに、我々大人がつくっている社会は、若者にどんな生きがいを与え、それに報いるものを用意しているのか、人を代わりのきく駒として扱ってはいないか、そんな思いがドドーッと押し寄せてきて、幸せな一瞬の思い出のラストシーンも、とても儚いものに感じられて、昨日までと違い、そこからまた涙がこみ上げてきたのでした。

うーん、演劇って素晴らしい! あと2回どんな感覚を味わえるのか楽しみです。

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Baby, baby, never let me go...

 2014-04-30
Deep Purplinです。『わたしを離さないで』初日、観てきました。

すでに多部ブロガーの皆さんからご報告のとおり、第一幕1時間30分、休憩20分、第二幕1時間、休憩15分、第三幕50分の延べ3時間55分の作品です。

ある程度の長さがあるのではと思っていたものの、ここまでとは。帰りの電車でザッとした感想を書いてサッサとアップするつもりでしたが、疲れたのと作品も重かったのとで、簡単にまとまらずすっかり遅くなりました。

原作を手にしたのはつい一昨昨日で、1ページ目をさらっと目を通したぐらいですが、原作や映画のネタばれを含んだ紹介を見てはいるので、多少の背景、全体的に重くて暗いこと、ラストもスカッと終わるわけではなく、観る者に解釈が委ねられるぐらいのことを知っての観劇です。

明かりが落ち、舞台が始まった瞬間、感極まってウルウルッと来ました。

D列でしたが、A列がなかったので3列目になります。多部ちゃん、三浦君、木村さんは何度か舞台のギリギリ端で演技をすることもあり、間近で観ることができました。少し見上げる感じになり、舞台にはいろいろと障害物になるものもあえて設置されるので、前のほうの列は少し見にくい感じになるときもあります。
(D列はオーケストラピットを使うときは最前列なので、前に脚を伸ばすことができたのは、この長丁場ではラッキーでした。)

お話は静かに淡々と進みます。実は前の晩の睡眠時間が2時間半ほどしかなく、この舞台を観るにはかなりツラい状況でありました。照明は完全に落ちているわけではないので、腕時計に目をやりながら「あと何分持ちこたえれば休憩!」と肉体的な格闘を強いられていました。

とはいえ、舞台を観ながら感じている時間の進み具合と、時計の針の進み具合はほとんとピッタリで、また休憩までにこれぐらいの山は来そうだなという私の感じ方とエピソードの描き方はシンクロしていたので、話の進み具合は自分にとっては長すぎず短すぎずでした。

これもあちこちで書かれていることですが、設定はSFチックでも、それは登場人物たちの置かれた状況をつくり出すための装置的なもので、その設定自体を社会問題として問うているわけではありません。

そのためこのお話のあらゆる状況やエピソードが何かを象徴的に表した抽象的なものであり、物語の進行とともにSFチックな状況設定が具体的になっていっても、描いているもの自体が具体的なものに絞られていくわけではなく、舞台が象徴的に提示したものから何を感じ取るのか、3時間55分の舞台が終わった今も、知的な格闘を迫られています。

【この段落だけ少しネタばれがあります】   わざわざお金と手間ひまかけてクローンを誕生させ育ててまで、臓器提供者として存在させる最大のメリットは免疫による拒絶を避けることにあり、自分のオリジナルとなる人間に対する臓器のストックとなることだと思っていたのですが、そういう設定ではなく、またそのことがお話の中で、少しキーになるエピソードも生み出すので、SFチックな設定は、SF的な面での意味はまったくなくて、あくまでもそういう状況を生み出す設定のための設定であると、そこで納得しました。(クローンについて、もともと考え違いをしていただけかもしれませんが。)

非常に抽象的だった第一幕と第二幕のあと、第三幕で急に具体的な説明が台詞でなされてしまい、非常にバランスが悪くなったようにも感じたのですが、終わってみれば、それがむしろ絶妙なバランスであったようにも思えてきました。種明かしのようであり、種明かしではないというか、私の感覚的な問題なのでうまく表現できませんが。

形而下に提示されたヘールシャムの特殊な環境の子供たちの物語は、形而上は広く私たちの物語であり、重く考えさせるものとしてつくられています。そんな理屈っぽさに満ちたお話です。私は嫌いではありませんが、好みは分かれることと思います。それなりのお値段のチケット代の分を満足しようと思えば、そういうお話と腹をくくって観る必要はありそうです。(座席によっては、昨日のhyoutangaidenさんのように多部ちゃんのおみ足がかなり拝めるシーンもありますが。)

理屈っぽいとは書きましたが、胸を締めつけられるシーンもあり、ラスト前のクライマックスでは涙ポロポロでありました。

今日もウェブ上にある原作の感想に「宝物」という言葉があるのを見て、ハッとさせられたのですが、なぜ性欲をフィーチャーしているのか、なぜカセットテープなのかといった具合に、いろいろなエピソードやアイテムは何を意図して散りばめられているのか、あとで気づくこともいろいろとありそうなお話です。そういった空気を丁寧に伝えてくる舞台でした(その分、長いというわけです)。

ハッキリとしたお話ではない分、何度演じても完成ということはないように感じました。役者は何を感じながら、何を考えながら演じ、どんな手応えを感じたのか、それ自体もドラマであるような舞台でした。カーテンコールでの多部ちゃんの笑みと、挨拶する側を軽く示す座長としての余裕をもった仕草に大きな安堵を感じました。

多部ちゃんは演技上は引いた静かな演技が多いですが、安定感と貫禄に満ちた主役でした。蜷川さんもあまり注文をつけないというのは、むしろここから更に自由に演じてみせてくれということなのでしょう。頭でっかちに考えて演じすぎないこともよくわかった上で。それから三浦君、木村さんも良かったと思います。3人で1+1+1以上のものを創りだしていました。

観る側もなかなかシンドいのですが、1日2公演の日は5時間間隔ですから、カーテンコールを終えて1時間ほどで、夜の部という演じる側もかなりシンドい舞台です。蜷川さんがあえて演じにくくさせているという舞台装置(特に、『つばさ』で幼稚園の先生を演じた山本さんとの第二視聴覚室の場面)は、見ている側も最前列などは何か落ちてくるのではという緊張感もあったでしょうし、演じる側も足元に気をつけての演技でした。トラブルなどなく楽日、そして名古屋、大阪の公演も続けられることを祈っています。

休憩時間もたっぷりあり、目の前のコンビニに出ていくこともできますが、長丁場なので先に腹にいろいろ入れて、菓子パン、飲み物を持ちこんだのは正解でした。また18時半開始の夜の部は、埼京線からの接続もチェックしておかないと、家にたどりつく時間も相当遅くなってしまいそうです。昨日も与野本町に着く時間の数分の差で帰る時間が20分以上違ってしまい、最寄駅に着いた時には日付が変わっていました。

昼の部であっても、遠くからいらっしゃる方は与野本町の時刻表と合わせたプランが必要ですね。劇場を出れば歩いて10分かかりませんが、前のほうの席からはすぐには出られませんから、そのへんの時間も見込んでおく必要もあります。八尋計画の千秋楽などはカーテンコールも長いかもしれませんし->gonbeさん

それと何より睡眠をたっぷりとった状態でないと大変ツラいです。昨日は仕事の関係で悪条件でしたが、次回(明日)は休暇が取れるので、今晩よく寝て再挑戦です。

多部ちゃんは舞台から消えるシーンもありますが、基本的にはほとんど出っ放しですから、至福の3時間55分(マイナス休憩の30分)です!


【ここもちょっとネタばれあります】   ラストで舞台に多部ちゃんが立っていると同時に、寄宿学校時代の回想を背景で演じるシーンがあり、『南へ』の黒木華さんが蒼井さんと見まごう影武者を演じたみたいなことになるのかと思いましたが、やっぱり多部ちゃんは唯一無二であることを再確認しました。


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