「ムカつく」

 2008-10-31
rakuyouさんに、安定しているのですね、感情のアップダウンが少ないのですねって言われたのですが、こんな私でも「ムカつく、イラつく」ことが結構ありますので、そのことについて書いてみたいと思います。

私はこのブログを書くのに、次のテーマを何にしようか、いつも頭の中に浮かんでは消え、考えては消しと、絶えずめぐらしているのですが、最近アイディアがよく浮かぶのが、出勤あるいは帰宅途中です。

浮かんだテーマを頭の中で掘り下げたり、拡げたりしている時に、それを邪魔するのが、「傍若無人」な人間です。
今朝もそういうのに遭遇したので、思わず書いてしまいます。

休みにゆっくりとくつろぎ、出かけるといってもショッピングセンターや公園に行く程度でのんびりした時間を過ごした翌日出勤すると、一応都心の駅なので、地下鉄を降りるや否や、駅のアナウンスを含め喧噪とともに、我先にと人をかき分け、ぶつかりそうになりながら突進し、すれ違い、追い越していく“連中”に、「ムカつく、イラつく」ことがますます増えているような気がします。

せっかく浮かんだアイディアも途切れてしまうことがしょっちゅうで、さらに腹がたってしまい、思わず心の中で、「バカヤロウ」とか、「クッソ」とか、よからぬ言葉を叫んでしまいます。
1日に何度この言葉を発することか、自分でも恐ろしいほどです。

冷静に、抑えてと思っても、最近、自己中・自己愛ばかりで、人のことを配慮するのが欠ける人間が増えていると思うのは、私だけでしょうか、年のせいでしょうか・・・(笑

多部ちゃんが弟にムカついて傘を振り回したり、回し蹴りして男子を責めたりというのとは違いますからね。

私はこういう傾向を助長しているのは、ケイタイやネットによる要因が大きいのじゃないかなって思います。

私もケイタイは持っていますが、必要に迫られて買ったのではなく、デザインケイタイのカッコイイのが出たので、大人の道具として欲しいみたいな感じで購入したわけで、登録してある番号は家族と数人の友人のみで、会社関係は一切なし、家や子供からの緊急時以外にかかることもかけることも、メールもほとんどなし、ネットはしない、ほとんどカレンダーと時計、待ち受けの多部ちゃんを見るくらいというもったいない状態です。

しかし、世間ではメールをしたり、ゲームをしたり、ネットをしたり、ほとんどケイタイコミュニケートなしには生きていけないような様相をきたしており、歩いていようが、自転車に乗っていようが、電車に乗っていようが、車に乗っていようが、絶えず誰かとつながっていないとイライラするといった感じです。

ケイタイに夢中で前を見ないで歩いてくる人、自転車に乗っていてもケイタイをやってる人、みんな蹴飛ばしてやりたいと思うのは異常なんでしょうか(笑

自分みたいに、群れない、依存しない人間は少数派なんでしょうか。

世の中、どんどん生きにくくなっているので、誰かとつながって、もたれあって、ベッタリと生きていきたい人が増えているのですかね。

ネットの世界も同じ要素が多分にあります。
現実の世界で思いどおりにできない人が、ネットの中では自分の欲望をむき出しにするみたいな・・・。

こうして多部ちゃんのことを書いている自分もそうですが・・・(笑

ネットもその中にドップリ浸かっていると世界が狭くなっていくような感じは否めないですね。
そこだけが自分の場所、誰も知らないシェルター、ユートピアみたいな快感・・・。

その結果、他人はストレンジャー、いないのと一緒、関係ない・・・、という風潮ですね。

残念ですが、自分にもそういう面はありますし、世の中そういう傾向が拡がっていくことは避けられないのでしょう。

だからこそ、「対岸の彼女」の魚子や、「HINOKIO」のジュンのように、現実の世界で悩みながらも、つまずきながらも、ムカつく気持ちを隠さず、人とつながっていたいという思いに強く惹かれるのであります。


☆今日のお気に入りの一枚
 ELVIS COSTELLO   “MOMOHUKU”
 1977年秋、新婚旅行先のサンフランシスコのレコード屋でデビュー作に衝撃を受け、それ以来いままでずっとお気に入りのコステロの今年出た最新作、タイトル名がなぜ百福なのかは不明。



  “FLUTTER & WOW”
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”名前”

 2008-10-28
私が、“多部 未華子”という名前を最初に見たのは、昨年の春頃だったと思う・・・。

信州らしき風景、バス停の前で女子高生がダンスの練習をしている。そこへバスが遠くから近づいてくる。と、くるっと回ったところへバスが到着しドアが開く、彼女は運転手に「すいません」と言ってバスに乗り込み、席に座り、サントリーの天然水を飲む、という大変さわやかで印象に残るCMで、この娘はなんて名前の娘だろうって検索した時です。

名前を見た時の印象は、カタイ感じ、古風な感じで、難しい、覚えにくいなといった感じだったと思います。
それ故一回では覚えられず、忘れてはまた気になると検索しと、何回もかかった気がします。

昔は、女優にしろ歌手にしろ、名前のイメージが大切ということで、芸名をつけることが圧倒的に多かったと思います。それが当然という感じで・・・、

スターの名前は第一印象で決まるみたいな・・・、気品があり、美人を連想させ、覚えやすいという名前が多かったと思います。

それがいつのまにか、芸能人も普通の人に近づいてきて、演技が良ければ、顔が、スタイルが良ければということで本名が多くはなりましたが、それなりにらしい名前が多いような感じがします。

原 節子、高峰 秀子、田中 絹代、吉行 和子、秋吉 久美子、森下 愛子、深津 絵里、麻生 久美子、蒼井 優、香椎 由宇、谷村 美月、志田 未来・・・、
ざっと私が好きになった、あるいは最近気になる女優の名前を列記してみました。

本名の方もいれば、芸名の方もいると思いますが、みんななじんでいるので、いい名前だなって感じがします、苗字と名前のバランスがいい・・・。

特に、高峰 秀子、田中 絹代、秋吉 久美子、麻生 久美子、蒼井 優なんかは、自分の好みかもしれませんが、漢字の見た目もキレイ、発音した感じも美しい、これぞスターにふさわしい名前という感じがします。

それに比べると、“多部 未華子”という名前は、ネットで読んだメディア関係者のコメントにもあったのですが、演技はいいんだけれど、名前が難しすぎる、芸能人として不向きだって書いてありました。
私も個人的には否定することはできません。そう言われるのもやむを得ないかなって・・・。

ちょっと脱線しますが、私は二人の息子の名前をつける時に字にこだわりました。といっても、どこでもある私の平凡な苗字に対して、バランスとしてカッコウがイイとか、簡単には読めないとか、子供の迷惑も考えずにつけたわけで、みんながするように、字画とか苗字との相性とかを参考にしたわけではありません。
私が勝手に思いつくまま、もちろん奥さんの了解を得てつけました。
その名前は、烈と昂と言います。(読めますか?正解は最後に・・・w)

話しはもどりますが、多部ちゃんの名前は何がスターっぽくないのかなって考えると、やはり苗字ですね。

多部ちゃんのご両親は和歌山県の出身だそうですが、“多部”という名前は、一般的にも芸能人にもあまり多くはないと思いますし、ワードで“たべ”と打っても田部としか変換しないので、多部という字を多用する身としてはちょっと不便です(笑

あと、発音した時の印象も言い方が悪いかもしれませんが、ちょっと古風でローカルな感じがします。特に根拠はないんですが・・・(スミマセン)

それに比較すると、“未華子”というのは、ミカコという名ではあまり使われない字なのでカタイ印象はありますが、発音した時の響きや字を見た時の印象も上品で、華やかで明るく、輝いてみえます。
やっぱり、ワードでは一発変換できませんけど・・・(笑

ちょっと地味めな苗字と華やかで美しい名前の絶妙なバランスが感じられ、命名したご両親の思いがよく伝わってくると思います。

もし、万が一多部ちゃんが結婚することになって、名前が“落陽 未華子”とか、“坂本 未華子”ではいかがでしょうか・・・、やっぱイメージできない、あり得ないか・・・(笑
それとも、“松岡 未華子”あるいは、“徳井 未華子”なんて・・・、これは絶対に反対、ということで、当分“多部 未華子”さんでいてもらいたいな、と思うわけであります(笑

女優にとって、認知されるのに名前は非常に重要で、“多部”というカタイ苗字で、あの目ヂカラですから、それだけでハンディがあるのではないのかなって思います。

最近、ドラマ「ヤスコとケンジ」の好調や、CMが増えたことで、「あっ、あの娘見たことがあるけど、名前なんて言ったっけ」という現象が増えているようですが、逆に言うと、一度認知されたら、やさしい女優っぽい名前ではなく、覚えにくい名前だからこそ忘れないという利点もあるかもしれないですね。

いずれにしても、カタイ名前や見た目のフツウっぽい印象というハンディにもかかわらず、実力でここまできた彼女ですから、来春の「つばさ」以降、“多部 未華子”の名前がどれだけ知れわたっていくのかが、楽しみです。
(答えは、“つよし”と“たかし”でしたw)


☆今日のお気に入りの一枚
 テレサ テン   ”何 日 君 再 来”
 二人といないアジアの歌姫、大好きなテレサの中国語で歌われた素晴らしいアルバムです。



  ”何 日 君 再 来”

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“過剰”

 2008-10-25
私は、「過剰」なのが苦手です。

「くどい」、「しつこい」、「べったり」、「声がデカイ」、「話がとまらない」、「おせっかい」、「ウェット」、「過剰反応」、そういう性格、行為が好きではありません。

自分が相手に対してしないようにしているので、当然されるのもイヤです。
時にそういう光線をはなっている人と接する機会があると、できるだけ話しを合わさない、目を合わさない、近づかないように細心の注意を払います。

しつこそうな人に、自分の心の中にずかずか入り込まれるのがイヤなんですね。
だから友達も少ないし、それでいいと思っています。
多部ちゃんも以前、「友達は少ないです」って言ってましたね。関係ないけど(笑

でも、価値観が近くて、いい距離感が保てそうな人には、なんでもぶっちゃけちゃうのは、やっぱり少しは自分のことを理解してくれる人が欲しいってことかな?

やってみてわかったのですが、ブログのコメント交換というのも絶妙な距離感があっていいですね(笑

そういうことで、ペットでも犬猫はダメで、とても”未華子ちゃんとあっぽくん”みたいな濃密な関係はきずけそうにありません。
私が飼育しているのは海水魚で、yamarineも自分の名前とマリンフィッシュのマリンを組み合わせたものです。

多部ちゃんに「やまりん!」って、呼んでもらいたいからではありません。呼んでくれたらうれしいけど・・・(笑

サカナは水槽の中ですからべったりと触れ合う必要はありませんし、ライトを点けると近づいてきて、エサを欲しそうにこちらを見るくらいです。

自分にとっては、それくらいの距離感がちょうどイイのです。たとえペットでもくっつき過ぎず、はなれ過ぎずですね。

私の家族はみなこれくらいの距離感で生活しています。息子二人ということもあるかもしれないですが、これくらいが心地よいのです。ひとさまから見るとみずくさくて冷たい感じがするかもしれないですね。

そもそも子育てが、べったりしない、過度な心配はしない、口うるさくしない、という放任状態でしたので、いまでは子供も、よけいなことはしゃべらない、声が小さい、はしゃがないという人間に育ちました。
これがいいのかどうか・・・、まあ一応社会に出てやっていますから、大丈夫だとは思いますが(笑

私の好きな言葉に、「簡潔こそが知恵の真髄なり」というのがあります。
くどくど言い訳したり、屁理屈こいたり、迷ったり、上や横を見たり、といったことやそうする人が好きではありません。

自分でも時には迷うこともありますが、そういう時は「あとはなんとかなるだろう」ということで、エイヤッです。決めたらもう後悔はしません。

この辺は多部ちゃんも似てるかな・・・、
大学受験の時は、「落ちたら落ちた時、その時また考えればいい」とか、
演技は、「あらかじめ役づくりはしません。現場で演じたのがベストで、あとで何回も見直したり、後悔することはありません」なんてね。

さらに、雑誌の特集で自分の夢として、「いつまでも迷わない人でいたい」と、キッパリ書いているとこなど、彼女らしい・・・。

私は映画の過剰演出や音楽のウエットな歌詞、過剰なアレンジも好きではありません。
だからモノクロの溝口さんや小津さんに惹かれるのかな・・・、ひかえめで描き過ぎない美学みたいな。

音楽もプログレとかヘビメタとかはダメです。ローテク、ローファイはOKです。70年代のシンガーソングライターとか、逆にストレートなパンクとか・・・。

そういう点では多部ちゃんの映画は、「HINOKIO」の孤独感をただよわせる周りとの関係や、ひとり誰にも言わず学校を去っていく姿などの冷めた視点。

「ルート225」の弟を傘で突っつくようなつき放し方、両親と永遠に会えないことを受け入れた時のビミョウな笑いとエンディングの意外な明るさとか・・・。

どの作品も過剰演出を避け、多部未華子を起用した大きな理由・・・キツイ表情、冷めたまなざし、開き直りの早さ、といった彼女の天性の持ち味を存分に出しているのが、多部個人と作品の双方が魅力ある存在になっているのだと思います。


☆今日のお気に入りの一枚
 Pricilla  Ahn   “A GOOD DAY”
 ノラジョーンズ以降はじめてブルーノートからデビューしたシンガーソングライター、さわやかで可憐なヴォーカルと素朴なメロディーが心地良い!



  “DREAM”
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つばさ

 2008-10-21
来年春のNHKの朝ドラ、「つばさ」のヒロインに多部未華子が選ばれたのは7月の下旬でしたが、7月のはじめ頃からもしかしたらという噂がとびかっていて、その発表が新聞やTVでされた時の興奮は、まだつい最近のことのように思います。

天性の実力派と言われながら、ほぼ同い年の堀北さんや新垣さんに比べると、パッと見がふつうポイ感じで、目ヂカラが強い多部ちゃんは、玄人好みではあっても、アイドルぽい雰囲気には欠け、本人もそういうのは大の苦手というキャラゆえに、今年夏の連続ドラマ「ヤスコとケンジ」で、やっと一般的な知名度が上がってきたというところです。

この時点での朝ドラ出演は、同じ事務所の先輩宮崎あおいさんが、朝ドラ「純情きらり」でブレークし、大河「篤姫」の大成功につながったという経緯を見れば、「つばさ」次第によってはさらに・・・、という大きな転換点であることはまちがいありません。

「つばさ」の共演者の発表が先日やっと行われ、あとは来年3月30日からの放映を待つのみとなりましたので、ここで多部物語の序章への思いを書きとめてみたいと思います。

「つばさ」は80回目の朝ドラとなり、全都道府県の中で唯一いままで舞台になっていなかった埼玉県が選ばれ、小江戸と言われ古い町並みで多くの観光客が訪れる川越市でのお話しとなります。
およそのプロットはリンクで見ていただければ紹介されていますので省きます。

NHKとしては80回記念ということもあり、視聴率の低迷が続く朝ドラの起死回生をはかるべく、舞台とプロットを固め、それにふさわしいヒロインを公募したが、なかなか決まらず、ついに見つけたのが多部未華子ということのようです。

ディレクターが多部ちゃんの最終カメラテストの演技を見て、雷に打たれたような感動をうけた、というのはちょっとオーバーにしても、その存在感は他の役者とはあきらかに異質なものがあったのは容易に想像がつきます。

絶対に失敗が許されないということで、篤姫つながりの両親役をはじめ、重厚で手堅い共演者を配しましたが、やはり朝ドラの最大のキーポイントはヒロインの魅力、吸引力であることは、論をまたないところです。

ただ、世間では、NHKが宮崎あおいに恩があってのバーター取引ではないかとか、約1600人のオーディションとはいっても出来レースだったのではないかとか、あるいは多部ちゃんが記者会見で持ち前の媚びない、ウソはつかないというストレートさで、「朝ドラは学校へ行く時間だからほとんど見たことがない」とか、「目標とする朝ドラ先輩の女優はいません」などと素直に答えたことを週刊誌に批判され、NHKがそのくだりをネット上から削除するというおまけまでついたのは、私のような彼女の言動のユニークさに惚れている人間からすれば痛快でした(笑

そんな余談があるのも彼女らしいというか、彼女ならではで・・・、
ある方のブログに、「またNHKは後手を踏んだ」って書いてあったので、興味深く読んだのですが、主旨としては・・・、

最近の朝ドラのヒロインは「ひとみ」といい、いまやってる「だんだん」といい、すでに実績のある女優ばかりで新鮮味がなく、視聴率を落とし続けている中、多部ちゃんは1年半程前にNHKの単発ドラマ、「すみれの花咲く頃」で余人をもって替えがたい素晴らしい演技をし評判も良かったのが、そのあとほかっておくものだから、昨年夏以降民放の連続ドラマに3本も出て、高視聴率をとる一役をになうまでになっており、また民放で実績のでき上がった女優を使うことになってしまった、という内容でした。

確実に当てることが至上命題とされるいまのハリウッドでは続編ばかりで新しいスターが出ないと新聞に書いてありましたが、NHKも同じような負のスパイラルにハマっているとしか思えませんね。

こういう見方もあるのだなあと思い、彼女にとって、もっと早い段階で起用されたほうが良かったのか、あるいはブレーク寸前のいまが最良なのか思わず考えさせられました。

私が彼女に注目したのが、昨夏の「山田太郎ものがたり」からで、その後に主演映画をあわてて何本も見た遅れてきたファンととしては、いまがベストタイミングとも言えなくはないのですが、4・5年も前からのファンの方はいまさらかよって思うかもしれないですね。

いずれにしても、一年前のPB誌のインタビューで、「一番大切なのは家族、次が大学生活で、仕事は気持ちの上では1割くらい」とか、「運命の人が現れたら仕事をやめることに抵抗はありませんが、運命の人なんているのでしょうかね?」とか、「私は人を信用できないんです。だれでも疑ってかかります。悲しいけれどずっと直らないないでしょうね」と答えたり、最近のインタビューで、人生でどうしても譲れないことはという質問に、「ふつうでいること」と言い、旅行したい所はインド、ギリシャとともになぜかナイジェリアをあげ、危なくないですか、という質問には、「もし何かあってもそれが私の運命だと思いますから、どこへ行くのも怖くないです」と、とても19才とは思えないいさぎよい発言を繰り返す多部ちゃんは、演技とのイイ意味でのギャップが実に魅力的です。

そんな彼女ですから東京女子大でのキャンパスライフをエンジョイしたり、雑誌に書評を書いたりといった彼女らしいスタンスを変えることなく、「玉木つばさ」を思いっきりエンジョイして演じきることはまちがいないと確信しています。

ただ個人的にはナンバー1ではなく、オンリー1でいて欲しいので、あまりブレークするのはどうかな・・・、って思ってしまいます。
てっぺんまでいけば、必ず落ちることになりますからね。
それをどう受けいれるかということにも興味はあるのですが・・・。

いずれにせよ、「これからも女優をやっていくかどうかわからない」という気持ちが変わって、第2章へのステップを着実にふみ出していくことを願っています。


☆今日のお気に入りの一枚
 木村 カエラ  “プラス ワン”
 ブレークする前のサクサク時代からのファンです。彼女のロック魂は大好きです。彼女はオンリー1を確立しましたね。一時煮詰まった感じがありましたが、今年出たこの作品はキレています!

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  “Jasper”
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ロードムービー

 2008-10-18
ロードムービーにはハズレがない。

私の勝手な印象ですが、いままでさまざまなロードムービーを見てきましたが、洋画邦画問わず、お気に入りの作品が多いような気がします。

先日、高之さんが書いていた卒論で取り上げたという「リトルミスサンシャイン」は、最近のロードムービーの傑作ですね。ハチャメチャなおかしさの後に考えさせられるちょっとなブラックな風味のきいたコメディー・・・。

代表的な作品をいくつかあげると・・・、「イージーライダー」、「真夜中のカウボーイ」、「レインマン」、「マイプライベートアイダホ」、「テルマアンドルイーズ」、「スタンドバイミー」、「パリ、テキサス」、「ワイルドアットハート」などなど・・・、他にもたくさんあります。

とりあえず、洋画ばかり思い浮かびましたが、日本でも道行、道中物といって、昔から芝居や映画で数多くの作品が作られていたようです。
最近の作品では、「真夜中の弥次さん喜多さん」、以前ですと、「菊次郎の夏」、「幸福の黄色いハンカチ」など、他にもいろいろあります。

ロードムービーは、道中のプロセスが面白いが、エンディングがいまいちのものが多いという言われかたもしますが、それは道中の顛末に重点を置くため、見終わった後の印象として、そう感じるということがあるのかもしれません。

話しの構図として、目的地を目指していく話し、逃亡していく話し、ただなんとなく放浪する話しなどがあると思いますが、話しの盛り上がりとしては、「レインマン」などのように目的があるほうが有利ですね。
でも、「サイドウェイ」などのようにそれが明確でなくても道中の展開の面白さがキモみたいな秀逸な作品もあります。

道中の足は、やはりアメリカ映画が多いので、車が印象に残りますが、列車なんかも捨てがたいですね。それに徒歩のにもいい作品があります。

いずれにしても、哀愁を感じる作品が多いように思うのは、いい出会いがあって居心地がいいところでも、いつまでもそこにとどまることができない定めのようなものをただよわせているから・・・、
あるいは、目的地にたどり着くことができない、またたどり着いても、目的としていたことが成就できない、といった未達成感のようなものがそうさせるのでしょうか。

だいたいにおいてハッピーエンディングというのは多くはないですね。
そのへんがロードムービーのミソなのかな・・・。

ロードムービーと言えば、多部ちゃんもはずすことはできません。
「西遊記」もある意味ではロードムービーですが、ここでは、「夜のピクニック」を取り上げてみたいと思います。

一般的なロードムービーのリストにはあがっていませんが、実際にいまでも水戸の高校で行われている歩行祭を再現し、全校生がナイトウォーキングを含めて80キロを歩くという舞台設定。

朝学校を出発して、翌朝のゴールを目指すが、脱落者は救護バスに乗らざるをえないという過酷な行程のプロセス。

そしてメインテーマとなっている多部未華子演じる甲田貴子が、偶然おなじ高校になってしまった異母兄弟の西脇融と父親の葬儀での衝撃的な出会い、おなじクラスでも一度も話しをすることができず、貴子の心の中でのカケ・・・、
高校生活最後の歩行祭中に話しをすることができるか否か、という青春の刻々とゆれうごく微妙な心理の変化が友達も巻き込んで・・・、まさに見事なロードムービーではないかと私は思います。


☆今日のお気に入りの一枚
 AIMEE MANN   “@#・/.&*!  SMILERS”
 多部ちゃんに共通する男前女子、ティルチューズデイのベース兼ヴォーカルから、いまはソロで凛々しい声ヂカラで活躍、評価の高い48才の最新作!



  “FREEWAY”
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ビートルズ

 2008-10-14
多部未華子ちゃんは、いまビートルズがお気に入りだそうです。

ビートルズといっても幅広くって、多部ちゃんのもうひとつのお気に入り、サザンと比べても、曲を書いているのは3人でそれぞれの個性がハッキリしている。初期の頃のサウンドと後期では全く様変わりで、好きキライがけっこうわかれるなど・・・。

そんなビートルズのどういう曲を多部ちゃんが気に入っているのか、アップテンポかスロウか、有名なのかマイナーなのか、斬新なのかオーソドックスなのか、とても知りたいですね。

私のビートルズとの出会いは、忘れもしない高一の冬、名古屋では聞けないFENをラジオの雑音がひどいのにもかかわらず必死で聞いていて、突然“Twist And Shout”のイントロが聞こえてきたときのショック、それはまさに衝撃でした。

それまでは、プレスりー・ポールアンカ・ニールセダカといったビクター御三家や60年代ポップスがメインでしたからまさに青天のへきれきですね。

これはいったい何というグループなんだと、まだ日本でアルバムが出る前で、まだかまだかとアルバムが出るのを心待ちにしていたのを思い出します。まさに青春でした(笑

高校から大学まで・・・、ちょうど来日の時は東京にいたので武道館にも行って、その後もジョンが亡くなるまでは、自分の好きな音楽の中心には必ずビートルズがいたわけです。

雑誌やTVなどで時々ビートルズの好きなアルバムは?、曲は?、という特集をやりますが、この度、
RC誌で3か月にわたってビートルズ特集が組まれ、仕上げとして読者投票によるベスト100が最近特別号で発表されました。

他の雑誌やTVではベスト1は、“Let It Be”とか、“Hey, Jude”や“Yesterday”といった当たり前の有名な曲になりつまらないのですが、RC誌の1位は私も1位で投票した“Strawberry Fields Forever”でした。しかもダントツで、ちょっと驚きです。こだわりのマイナーな雑誌だからかな、うれしかったですね。

ちなみに、この曲への私のコメントも恥ずかしながら載っていました。
2位は“In My Life”、3位は“Let It Be”です。
ワースト1は、“Revolutioun 9”でした。私のワーストは、“Let It Be”です。
あとは本屋さんで見てください(笑

アルバムは、今回の投票には関係ないのですが、私は“Revolver”が一番好きです。

ただビートルズに関しては、出会いの時期、出会ったきっかけ、メンバーの誰が好きかなどで好みはわかれると思いますが、解散して約40年弱たっていても、誰もが一度は通る道、かすめるかハマるかは別にして、それが彼らのスゴさではないかなと思います。
いま、19才の多部ちゃんがハマっているのですから・・・。

多部ちゃんは、ちゃんと初期から後期まで聞いているのかな?、どういうきっかけで、どのあたりのどういう曲が好きなのか、機会があればぜひ教えてほしいですね。
たとえそれが私のキライな曲であっても好きになりますから・・・(笑

多部ちゃんの出た映画のエンディングテーマをかってにビートルズで当てはめてみると、「HINOKIO」は”Dear Prudense”、「ルート225」は”Don't Let Me Down”、「夜のピクニック」は“Across The Universe”、「すみれの花咲く頃」は“Here, There And Everywhere”、「対岸の彼女」は“In My Life”といったところでしょうか?

深く考えていません、意義のある方はお申し出を・・・(笑


☆今日のお気に入りの一枚
 THE BEATLES  “Revolver” 
 アルバムレベルで革新的なロックを確立した秀逸作!



 “Strawberry Fields Forever” 上記アルバムには入っていません
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“笑 顔”

 2008-10-11
多部ちゃんは初期の作品のころは、笑顔の少ない女優というイメージがあったと思います。
それはもちろん作品の内容と役柄によるものであったわけで・・・、

「ゴーヤーちゃんぷるー」は、いじめにあってひきこもっている少女がネットで知り合い、悩みの相談にのってもらっている相手のいる沖縄へ行き、そこで予期せぬ出来事が・・・。

「HINOKIO」は、髪を短くし男の子のように装った孤独な少女が、現実の世界に接することができなくて、ロボットを代理登校させている男の子を外の世界に連れ出そうと・・・。

「ルート225」は、ある日弟と家に帰ろうとしたら、途中であるはずのない海にでてしまい、パラレルな世界にさまよいこむ。なんとか帰った家には母はいない。母とは一枚のテレカでしか連絡がつかず、そのテレカもなくなり・・・。

「夜のピクニック」は、夜を徹して80㌔歩く歩行祭中に、高三になるまで一度も話したことがないクラスメイトの異母兄弟と話しができるのか・・・友達を巻き込んでの微妙な心理のゆらぎが・・・。

「すみれの花咲く頃」は、福島の閉塞した町、夢のない学校生活、一人で家を支える母と寝たっきりの祖父、鬱積した空間から脱出して宝塚に行きたいと願う・・・。

「対岸の彼女」は、今はやり手の女社長がいじめにあっていた高校時代に出会った友達・・・、
貧しい家庭に育ち、クラスのみんなに無視されながらも自分の世界をつらぬき通そうとするが・・・。

こうして彼女の代表的な作品を粗っぽく振りかえってみると、”笑顔”はあるといっても、そこにはあきらめや寂しさや開き直りなどの複雑な背景が潜んでいると思われます。

言葉をさがすなら、”陰・烈・剛”ともいえる役柄、演技を若くしてなんなくこなし、天性の演技派としての評価を得たことは、逆にそれまでのイメージがつきまとい、大人の良き女優を目指す上で大きな足かせとなることは、いままでも多くの役者が経験してきた壁でもあります。

そういった意味で、rakuyouさんが噂ですがと断って書いていた、昨年夏の初連ドラに出演する際に、北乃さんが主演した女子高校生のいじめを扱った「ライフ」のオファーを断って、ま逆のようなコメディー、「山田太郎ものがたり」を選んだことは、誰の意向かはわかりませんが、見事なシフトチェンジだったと思います。

「ライフ」に出れば、その演技、存在感に一層拍車がかかって評価を上げたとは思いますが、連ドラで一度植えつけられたイメージは大きく、そのかたよった役どころばかりになる危険性があります。

それに対して「やまたろ」では、初めてはじける“笑顔”と、これが多部ちゃん?と思うような変顔の連発で、彼女の芸の底なしの才能の片鱗を見せました。

それが、あの名ドラマ「鹿男あをによし」の鍵をにぎる少女、堀田イト役の素晴らしい演技へとつながり、さらには「やまたろ」を深化させた、今年夏のまさに多部ちゃんのプロモーションドラマと言われた人情コメディー、「ヤスコとケンジ」でのはじけた演技で、夏ドラ好きな女優ナンバー1、視聴率も3位の大成功に結びついたのだと思います。

まさに“陰から陽”へ、やる気のなさそうな発言、イメージが植えつけられていた若き“多部イメージ”をくつがえして、本人もやる気を見せはじめ、天真爛漫な“笑顔”をふりまいてくれることは、女優道全開への覚悟ができてきたのかなとも思わせます。

そういった意味で、“おかん”として若くして家を支えつつ、ディスクジョッキーとして自立を目指していくという来春の朝ドラ、「つばさ」における多部ちゃんのさらなる脱皮、飛躍に大いに期待したいと思います。


☆今日のお気に入りの一枚
 PAUL WELLER  ”22 DREAMS”
 50才になったポールが、”ホワイトアルバム”のような自由奔放な勢いで作った傑作!



 “ECHOES ROUND THE SUN”

 もう一曲おまけ・・・大好きなエイミー・ワインハウスと共演している

  

 “I HEARD IT THROUGH  THE GRAPEVINE”
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役者道

 2008-10-07
緒形 拳さんが亡くなった。

ついこの間、NHKの好ドラマ「帽子」で、玉山さん相手にひょうひょうとしたいい芝居をしていたから驚きました。

秋の倉本さんのドラマにも出演しているというし・・・、残念なことですが、亡くなった後に新作のドラマがはじまるなんて緒形さんらしいというか、カッコよすぎですね。

私にとっての緒形さんは、月並みですが、やはり「復讐するは我にあり」ですね。殺人鬼でありながら人間味をただよわせるその演技は寒気を覚えるほど見事なものだったと思います。

どんな作品に出てもその演技は、主役であれば主役らしく凛として、脇役であれば脇にひかえつつもその作品のピリッとした隠し味として実に味わいのある演技でいつも印象的でした。

あれだけ数々の名作に出演し、誰もが認める名役者の地位を得たにもかかわらず、大物然としたところをみせず、監督をという欲もみせず、ひたすら役者道に徹して、「渥美さんのような死に方が最高だ」」と言っていた姿は、自分にとっても働く、考える、行動することを自分の体がいうことをきかなくなるまで続けなくてはいけないのだという想いを抱かせてくれた魅力的な方でした。

ガンという病気は死をむかえるまでに猶予がありますから、緒形さんは自分自身いつ来てもいいぞ、と受け入れ、間際まで仕事を続け、ブログの更新を含め、見事に人生を完遂したのではないでしょか。

71才という若さを考えると、私にとってもあとほぼ10年ということで、こうしてブログをはじめたことも意義があるのかなと考えてしまいます。

私自身、20代、40代に手術入院がありましたし、毎年受けている人間ドックでは、かならずいくつかの再検査、精密検査を指摘されますし、一度は血液のガンになる可能性があると言われ、真っ青になったこともあるという、病や死について考える機会が多い人生を送ってきましたので、これからの人生は付録なのではなく、新たな挑戦といった気持ちを持たなければいけないとあらためて思いました。

いまは健康ですが、年齢に応じて何があるかわかりませんので、いまが大事、いまを精一杯、いま一番好きな多部ちゃんのことをいっぱい想い、書くことが私に課せられた残りの人生の大きなテーマのように思えてきます(笑

多部ちゃんは、私の知るかぎりでは、緒形さんとの共演はなかったと思いますが、緒形さんの演技を見て、感じて、男女の違いはあれ、本物の役者バカとして大きく羽ばたいていって欲しいですね。

「花椿」 今日デパートでゲットしました。写真・記事ともなかなかいいですよ(笑


☆今日のお気に入りの一枚
 ちあき なおみ  “VIRTUAL CONCERT 2003”
 緒形さんに通じる永遠の歌職人の見事に構成されたアルバム



 “黄昏のビギン”


 一曲ではとても足りないので、もう一曲



 ”紅とんぼ”
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紅い花

 2008-10-04
今回は、つげ義春さんのことからはじめようと思います。

私がつげさんに初めて遭遇したのは、大学で東京にいってすぐでした。

知り合いの先輩が「ガロ」のファンで、バックナンバーをかなりの号数を持っていたのでそれを一気に読み、こんなインパクトのある漫画誌があるのかと感動し、のめり込んでいった記憶がいまでもよみがえります。

当時は、「カムイ伝」の白土三平を筆頭に永島慎二、滝田ゆう、林静一、佐々木マキ、そして、つげ義春などそうそうたる顔ぶれがそろっていて、まさに劇画の黄金期を謳歌していた時代でした。

その中でも私にとっての特別な作家は、つげさんでした。

特にお気に入りの作品は、「紅い花」、「沼」、「李さん一家」、「ねじ式」、「ゲンセンカン主人」、「もっきり小屋の少女」などです。
その他の作品ももちろんいいのですが、なぜか色っぽいのばかりが並びました。
まあもんもんとした青春時代に愛読していましたから、こういう作品が印象に残るのも仕方ありませんね(笑  でもいずれもすぐれた作品ばかりです。

つげさんの良さは、彼の好きなふらり旅にもとづく日本の風土や土壌に根ざした大人の童話のようなペーソスと異世界と怨念が交差する幻想的なストーリー、そしてそうしたストーリーを際立たせる繊細
で哀愁ただよう作画と大胆な構図だと思います。

そこに私は人が誰でも根っこに持っている恐れ、痛み、悲しみやいたわりなどの原風景を感じます。

多部さんの作品においては、「HINOKIO」のジュンの男の子のような風貌と話し方がそれだけで超現実的存在であり、そのジュンがロボットで代理登校するサトルを現実の世界に連れ戻そうと全身全霊をささげる物語の構図に上記のような感情が呼び起こされます。

また先回も取り上げた、「ルート225」における日常の亀裂、親や弟との別離、子供から大人への脱皮、あっけらかんとしたエンディングのシュールさにつげさんに共通する異端の世界を垣間見ました。

もう遅いかもしれませんが、多部未華子主演の「紅い花」をぜひ見てみたいという思いが募ってきてしまいました。

ちょっと無理やりな展開でスミマセンがお許しを・・・(笑


☆今日のお気に入りの一枚
 安藤 裕子  “Chronicle”
 着実に進化するシンガーソングライター、5月にリリースされた可憐で描写力に優れた秀逸作!



“海原の月” Movie Version
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”寂寥感”

 2008-10-01
私は”寂寥感”という言葉に惹かれます。

学生時代、健さんの任侠映画で感じた哀愁、孤高、忍耐そして反権力。そのなかにただよう寂寥感に魅了されました。

私の学生時代は、東大紛争で実質的な終焉をむかえる学生運動のまっただなかで、私の学校も冬期は毎年バリケードストで封鎖されるという緊迫感のある時期でした。

ちょうどその頃いっせいを風靡したのが、やくざ映画であり、寅さんであり、状況劇場などの野外演劇でした。

そこに通低していた空気と私の東京でのひとり暮らしのうっせきした空気が共鳴した部分が大きく、またこの言葉になりますが、挫折感とともに感じたのが寂寥感でありました。

いまでも夏の過ぎ去ったあとの海のわびしさ、里山の夕暮れの寂しさなどにすごく惹かれ、そこに行ってじーっとしていたい。そのなかに吸い込まれてしまいたいような欲求を無性に感じることがあります。
まあこの年ですから実際にはなかなかそういうところまで行こうということはないのですが・・・。

その寂寥感を私は、「ルート225」や「すみれの花咲く頃」や「対岸の彼女」を見たときに感じました。

「ルート」は、家に帰る道が突然海になってしまう異次元を象徴する場面、そしてその異界を認めまいとけなげにふるまうエリ子の心に芽生える寂しさ。
「すみれ」では、福島のいなかの閉塞感、家庭への幻滅とそこから脱出しようともがく君子の寂しさ。
「対岸」では、貧乏で孤立していても、自分の立ち位置を確保しようとし、挫折を乗り越え、最後まで気丈に羽ばたこうとする魚子の寂しさを・・・。

そしてそのすべての作品における多部未華子の年齢に似合わぬ内省的な演技こそが作品を際立たせ、彼女の孤高の存在感を確認させられるとともに、最初に私にインパクトを与えた彼女のストロングポイントこそまさに”寂寥感”だったのかなと勝手に解釈をしています。


☆今日のお気に入りの一枚
 おおはた 雄一  ”Music From The Magic Shop”
 ジェシー・ハリスらとニューヨークで録音した抒情味あふれる傑作!
 



”Matt Stern” このアルバムに入っている曲ではありません
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