“ 美は乱調にあり! ”

 2011-11-11
昨日、嫁さんが観たいというので、愛知県出身のある画家の特別展に行ってきました.

会場は、一宮市にある三岸節子記念美術館です。


私は、その画家のことはほとんど知らないのですが、それなりに有名な方のようです。

30代後半に自ら命を絶った方のようですが、奥さんも子供もいたようです。


その画家の10才ぐらいの頃に書いたデッサンが展示してあったのですが、それはすばらしい描写力で、精緻な作品でした。

ですから、技術的には、若いときから突出して優れていたことはわかります。


で、現在の東京芸大を出て、プロの画家になってからの作品を観ると、実に真面目で几帳面な感じの性格がうかがえるような作品が多いです。

ですから私にとっては、心を乱されるような、訴えかけるような作品は、あまりありませんでした。


写真で観ると、いかにも好青年で、品行方正な方というイメージですが、渡仏していた期間も長く、その間には、モデルの女性とも愛人関係にあったようですから、まあふつうに芸術家らしいところもあったのだと思います。

結構描けなくて悩んでいたことも多かったようで、もっと内面をさらけ出して、人間味が湧き出るような、個性的な絵を描かれればよかったのになぁなんて生意気に思ってしまいました。


アーティストというのは、真面目でもまともでも、なかなかいい作品は生まれないものですね。

ミュージシャンは言葉で語るよりも、アルバムの作品力、あるいはライブで発揮される熱いエネルギーが大切であるように、役者も芝居の中で、観る人をどれだけ魅了できるのか、あるいは時は狂気さえ感じさせることができるのかということがいい役者か否かという分かれ目でもあるように思います。


その崇高な一瞬においては、美的なものは整っている必要はなく、むしろ乱調であり、破調であっていいのだと思います。

それは、まさに多部未華子という、童顔で、真面目で、ピュアで、品が漂う女優が、百子や一子に代表されるように、一瞬にして別次元へ行ってしまう凄みという点であらわれてるのではないでしょうか。


真面目そうな子が、イメージどおりの芝居をしていたら、何のインパクトも与えないですからね。


多部ちゃんが、シネマ・シネマのインタビューで、光源氏を好きになれるかと聞かれて、他の女優は概ね、一人を愛せない人はイヤとか言ってるのに、自分は刺激や危険な匂いのする男性が好きだから、惹かれると思いますというような発言をしていて、彼女が根底に持ってる魔のかおりが、乱調を美しくみせる演技につながっているのではないかなと思います。



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